骨董や書画の話をしていると、「贋作はいつかなくなるものでしょうか」と尋ねられることがあります。控えめに申し上げると、これはなかなか答えにくい問いです。真作を凌ぐほどの技術で仕立てられた品が、何百年も前から市場を巡り続けており、これから先もおそらく巡り続けるだろう、というのが、この稼業で積み重ねてきた実感に近いところです。値段の話に入る前に、まず贋作がなくならない理由を、人の心と技術と仕組みという三つの側面から眺めてみたいと思います。

本物を持ちたいという心が、贋作を呼び続ける
贋作が生まれる根には、まず「本物を持ちたい」という素朴な欲望があります。名のある画家の筆、由緒ある窯の器、それを座右に置くことは、古今東西を問わず、持ち主の教養や来歴を語る証とされてきました。中国では、古画を臨模することが画業の正道とされた時代があります。清代の画壇で正統派とされた王時敏・王鑑・王翬・王原祁の四人は、古人の筆法に倣って描くことを旨としたため「倣古派」と呼ばれました。なかでも古画の模写を得意とした王翬は、のちに画聖と称されています。写しは隠すべき行いではなく、学びそのものだったわけです。東京国立博物館は、模写・模造が一般には「本物ではないもの」と受け取られがちであることを認めたうえで、美術工芸の制作においてはそれこそが「さらなる創造を生み出す原点」であったと解説しています。
そこに商いの目が加わると、様相は少し変わります。本物とされる品には、しばしば相場を超えた値がつく。その差額を狙う欲望が、写しを「本物と偽って」動かす力に変わっていきます。持ちたいという心と、儲けたいという心は、根っこの部分でよく似ており、この二つが絡み合う限り、贋作の需要が絶えることは、控えめに申し上げても考えにくいというのが実情です。
贋作をつくる側にも、いくつかの動機がある
作り手の側の事情も一様ではありません。師の作風を学ぶための模写がいつの間にか市場に流れてしまうこともあれば、後の時代の職人が先代の名で仕事を続けた結果、後代作と呼ばれる品が生まれることもあります。最初から人を欺く目的で仕立てられたものだけが「贋作」というわけではなく、そこに至る道筋は幾通りもある、というところは、まず見ておきたい点です。
写しから欺くための贋作まで、模倣には段階がある
ひとくちに「贋作」と言っても、その成り立ちにはいくつかの段階があります。おおまかに整理すると、次のように分けて考えられます。
- 写し(模写)——学習や鑑賞のために、名品の姿を写し取ったもの。作者自身も写しであることを隠す意図は持っていません。
- 後代の作——先代の様式や銘を受け継いだ後継者や弟子筋の手による品。鑑定という仕事には、真贋の判定だけでなく、別人ないし後世の手になる補筆・補修を見つける作業も含まれます。
- 工房作——名のある作家を頭に据えた工房で、弟子や職人が手を動かして仕上げた品。西洋美術では、親方の構想に基づいて工房の手で実現された作品を〈工房作 studio work〉と呼び、多くは親方の加筆修正を受けたうえで親方の作品として売買されました。どこまでを本人の作とするかは、時代や流派によって線引きが揺れるところです。
- 意図的贋作——最初から本物と偽り、人を欺く目的で仕立てられたもの。銘や箱書きまで含めて、真作らしく装う工作が施されます。
近代に入ってからも、贋作が公の場に長く収まっていた例は、洋の東西を問わずあります。日本では、「永仁二年」の銘を持つ瓶子が鎌倉時代の古瀬戸の傑作として1959年に重要文化財に指定され、二年後の1961年に指定を解除されました。オランダでは、フェルメール作として1937年にロッテルダムの美術館へ購入された《エマオの巡礼》が、戦後になって同時代の画家の手によるものと判明しています。技術が優れているほど、真贋の境目は見えにくくなる。これは、贋作の歴史がそのまま模倣技術の歴史でもあることを物語っているように思われます。
来歴・箱書き・鑑定にも、それぞれの限界がある
では、真贋を見分ける仕組みが整っていれば安心かと言えば、そこにも限界はあります。来歴——その品がどこでどう伝わってきたかという記録は、本来もっとも頼りになるはずのものですが、記録そのものが後から作られたり、途中で失われたりすることが少なくありません。イギリスでは、鑑定書や過去の売買伝票を偽造して来歴そのものを仕立て、美術機関の文書庫まで利用した人物が、1999年に詐欺共謀と文書偽造で実刑判決を受けています。箱書きも同様で、共箱に記された銘や来歴の言葉は、品の格を支える大切な手がかりである一方、箱だけを後から誂えることも技術的には可能です。共箱・箱書きがどこまで真贋の裏づけになり、どこから先は慎重に読むべきかについては、共箱・箱書きの読み方で丁寧に扱っておりますので、ご関心があればあわせてご覧ください。
専門家による鑑定にも、それぞれ得意とする時代や分野があり、一人の目がすべてを見通せるわけではありません。科学的な調査も、材質や年代の手がかりを与えてくれる一方、すべての品に等しく使えるわけではなく、結論を急がせる道具でもありません。控えめに申し上げると、真贋を確かめる仕組みは、どれも「絶対」ではなく、いくつもの手がかりを重ね合わせて、初めて像を結ぶものだと申せます。
値段を見る前に、値打ちが生まれる条件を見る
真贋の話をすると、どうしても値段の高低に気持ちが向きがちですが、値段は最後に見るところです。まず見るべきは、その品にどのような値打ちが宿っているか、という条件のほうです。真作であることはもちろん大きな条件のひとつですが、それだけがすべてではありません。保存の状態、時代を経てなお保たれた品格、そしてその品がたどってきた物語——こうした要素が重なり合って、値打ちというものは静かに形づくられていきます。このあたりの考え方は、掛け軸の価値が生まれる条件でも触れておりますので、あわせてお読みいただければと思います。
だからこそ、独りで抱えず確かめる
贋作がなくならない理由を眺めてくると、それが特別な悪意だけの産物ではなく、人が本物を求める心、技術を磨き続ける営み、そして仕組みの限界という、ごくありふれたものの積み重ねから生まれていることが見えてきます。断じることは控えたいと思いますが、だからこそ、手元にある品の真贋や値打ちを、独りで抱え込んで判断しようとしないことが、遠回りのようでいちばんの近道になります。ご実家の蔵や、相続で受け継いだ品の中に、由来のはっきりしないものがあるようでしたら、まずは値段の前に、来歴や状態を静かに確かめるところから始められてはいかがでしょうか。実家の蔵から出てきたものに値段はつくのかでは、そうした品との向き合い方を扱っております。